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喜劇新思想体系・新装版、光る風・完全版

カテゴリー[ フィクション禍 ] 2009/07/02

『喜劇新思想体系』と『光る風』を「また」買ってしまった。

◆光る風◆喜劇新思想体系 完全版〈新装版〉 上◆喜劇新思想体系 完全版〈新装版〉 下
 『光る風』  山上 たつひこ (著)  小学館クリエイティブ (2008/07)
 『喜劇新思想体系 完全版〈新装版〉 上』 山上たつひこ フリースタイル (2009/6/22)
 『喜劇新思想体系 完全版〈新装版〉 下』 山上たつひこ フリースタイル (2009/6/22)

 新刊案内で『喜劇新思想体系』の「新装版」が出たぞーという知らせを受け取って、つらつら情報を拾っていると、同著者 山上たつひこ の作品で、去年出た『光る風』の新版が、

■編集担当氏述:
・「少年マガジン」連載当時の扉絵(単行本初収録:物語の一部になっているものあった)をすべて収録。
・原本(少年マガジン)を参照し、ページ抜けを補完。
・トリミングされていたコマも復元。
・出版社によって改竄されていた「ネーム」を元に戻し、著者本人によるチェックも敢行。


 ええええっ! まじ完全版として出されていたのか! と色めき立ちついでに『光る風』と『喜劇新思想体系』上下巻、3点まとめて買ってしまった。
 えらいこっちゃ。

山上たつひこ●光る風 完全版


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■出版社の壁を越えて

 『光る風』は講談社の少年マガジン掲載作品だった。
 その後、『光る風』の単行本は、講談社からではなく朝日ソノラマなどから出されることになる。『光る風』の「あまりの内容に」講談社からは出せないなんらかの経緯があったのではと沙汰された。

 そして今回の「復刻完全版」(2008年)は、小学館から出た。
 2008年の出版当時、編集担当氏は、つたない文章ながら熱意を込めて関係各サイトに「今回の出版の意義のすごさ」を書き散らしていなさったようだ。2008年版『光る風』は、全集や選集の一環ではなく、単品として出版されている。つまり、これは、おそらくリアルタイムもしくは当時に近い世代で『光る風』の内容に衝撃を受け、その後ずっと思いを抱えていた編集氏ご本人が、思いの丈を込めて「完全版」を目指したその結実と言えるものなのか。

 検索すると、その「推薦文を書き散らしていた」編集氏は「フリースタイル代表の吉田保さん」ご本人であるらしい。(フリースタイル=2000年創業の東京の出版社:漫画評論や往年の漫画名作の刊行にたずさわる)
 フリースタイルは、同じ2008年に小学館クリエイティブから「山上たつひこ撰集 全5巻」も出版している。ということは、『光る風』完全版は、「撰集」とは別の扱いで出さねばならない経緯と価値があった、ということか。

山上たつひこ●光る風 完全版 山上たつひこ●光る風 完全版

■編集氏「フリースタイル代表の吉田保さん」述:
 もし今後、『光る風』を評論されるなら、この本が“テキスト”になるでしょう。
 そういう意味では「定本」ともいえるものになっております。


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■時代の壁を越えて

 『光る風』が連載されていた/物語られた当時。
 当時は、いわゆる「大きな物語」が軋んで膨れ上がりつつある中、「何をしでかしてしまったのか、どうすればあのしでかしてしまった道の再来を防ぐことができるのか」戦争の『再来がある』という怖れに突き動かされ熱が渦巻いていた、そしてその熱のピークが1969年に終わり、焦燥感は残れども、過去に対する真摯な反省よりは未来の夢に浮かれ虚脱したニヒル(スキゾ)にシフトし始めた『1970年 大阪万博』開催の真っ最中だった。
 当時は、まだそこらにフツーに、戦争や戦犯や政治運動の当事者たちがゴロゴロしていた時代だった。
 家に帰れば戦犯のじいちゃんがいる。テレビをつければ水俣病やイタイイタイ病。新聞にはゲバ棒や全共闘の紛争騒ぎ。ピカドンの記憶もまだ新しいというのに米軍の原子力潜水艦が日本にやってくるわベトナム戦争は真っ盛りだわ、しまいには三島由紀夫がおおっぴらにテレビカメラの前で割腹自殺なさるときたもんだ。

... 以下つづき...

...
 複数の作品を読み合わせると、当時のすごさは少しは感じ取れるだろうか。

◆同棲時代 ◆共犯幻想 ◆巨人獣

  上村一夫『同棲時代』 なけなしの日常物語が少しずつ軋み崩れゆく
  真崎 守『共犯幻想』 究極の自分探し
  石川球太『巨人獣』  肥大化しもてあまされる「自我」の具現化
 読んでみてくれ、当時の空気のすごさを。

 持て余した志。 焦燥感。 徒労感。 宿命感。 そして不条理。

 そういう時代の、落としどころのつかない不安さが尖った部分を思いきり敏感に糾って結実した『光る風』には
  カンボジアに中性子爆弾を投下する米軍
  米軍の弾よけとして最前線に送り込まれる日本の政治犯
  不当逮捕に言論統制
  軍国主義
  細菌兵器で生まれる異形の人々
  レジスタンス
  割腹自殺
  天変地異
  日本国の崩壊
渦巻いている。 淡々と、当時の「忘れてはいけない」という焦燥感込みの空気が、渦巻かれている。

■アマゾンに掲載されている書評より:
 山上たつひこは、『光る風』のなかで日本が全体主義に移行する現象の一つとして、防衛庁が「国防省」に昇格することを指摘しています。名称は「防衛省」 と異なりますが、かつての防衛庁は「省」に昇格し、そのトップは「長官」から「大臣」になりました。

 重なるのは「今の日本」だけではない。「今の中国」も端々にダブって見えてくる。

 リンク あらすじを紹介しているブログ 山上たつひこ『光る風』 ひまわり博士

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山上たつひこ●光る風 完全版 山上たつひこ●光る風 完全版

■装丁、スゴイです

 連載当時のあの重さと空気のインパクトを伝える装丁。
 一皮剥けば、したたるようになめらかにつやめく真っ赤なアート紙の表紙。
 裁ち切りも朱に染まっている。(残念ながらここは水溶性の赤インクらしい、水濡れや紫外線は厳禁で)
 従前の『光る風』単行本は上下巻などの分冊仕様だったのだが、『光る風 完全版』は全一冊で思いが貫かれている。

■編集氏「フリースタイル代表の吉田保さん」述:
 セキネシンイチ氏の装丁、呉知英氏の解説もすばらしいです。

・「少年マガジン」連載当時の扉絵(単行本初収録:物語の一部になっているものあった)をすべて収録。
・原本(少年マガジン)を参照し、ページ抜けを補完。
・トリミングされていたコマも復元。
・出版社によって改竄されていた「ネーム」を元に戻し、著者本人によるチェックも敢行。


 これだけ重く尖った内容の作品であるからには、どのような『改竄されていた「ネーム」』があったのかが気になって、今回の完全版と、手持ちの旧版の内容を比較してみた。
 結果は隣のエントリにあげてある。
  → 『山上たつひこ「光る風」完全版と旧版の違い』
 結論は、「愛蔵するなら完全版」。 これで決まり。

 改竄といえば、読み手によっては作品中に登場するのは「放射線障害を引き起こす原子力兵器」だったはずだ、と間違って記憶されている事例も少なくないようだが、
 ※ リンク 2001年の2ちゃんねる「いまこそ光る風を語ろう」
もとより設定は「催奇性(奇形児を作る要因)を持つ細菌兵器」。遺伝性のインパクトなどから、明らかに放射線障害を想起させる設定であるため、たしかに記憶の混乱を招きやすいとは思う。

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 山上たつひこの作品は、特に中期以降顕著になると思うのだが、時代の空気に対して濃密に反応しながら走り転げる「過程」に醍醐味がある。つまり、特定のオチを想定して描くのではなく、濃密な空気の中でキャラが自ら反応し、走り、とんぼ返りを打つ、そのありさまに醍醐味がある。
 とりあえず紙数にまかせて話を走らせ、紙数が尽きたら無理矢理そこでオチっぽく話を濁してしまう。「こまわりくん」でも「喜劇新思想体系」でも、オチよりは「過程」を楽しんでいこう、みたいな。(締切ギリギリまで七転八倒して無理矢理話をひねり出す、という作者の「仕事に追われ過ぎ」も影響していたのだろうけれど)

 『光る風』にもその気配があったのか、結末に関して読み手によっては「打ち切られたのではないか」と穿った見方をするものもあるようだが、『光る風』に限っては「走り抜けた」末の正しい結末ではないかと思う。正しく、当時の空気の中を走って、倒れた。

 持て余した志。 焦燥感。 徒労感。 宿命感。 そして不条理。

 似た気配をもつ作品として、いっとき『RIDEBACK』を追っていたことがあったのだが、もののみごとに落胆させられた記憶はまだ新しいのだった。著者が編集とも一致して「この結末になるしかない」として選び出したという『RIDEBACK』の終章に、ただひたすらげっそりした。自分で選んで自分に酔って自分勝手に自己完結して死んでいく、時代との立ち位置を考えない自分感覚優先な姿を「異なるジェンダーに」投影させるという痛さが、耐え難かった。

 『光る風』の主人公は、自分に酔いながら死を選ぶのではない。
 リセットもなく、ただ日々起きる事件を受けとめ決断し翻弄されるしかなかったあの時代。
 透徹し、後悔しながら、人一人のかそけき思いは、ただ風に消えていく。
 全能感とはほど遠い現実。

 全能感を肥大させられたゲーム世代には、これはどこまで感得できるのか心もとないが・・・

 『光る風』の終章は、
 → 『 関口雄揮の作品 』
とだぶらせて見て欲しい、と個人的には思う。見ていた世界が、彼らは確実に近い。近い世界を見ていた。

『光る風』第一章-2:
「いまのぼくがむかしの若者にたいして いだくあわれみにもにた感傷を・・・やはり何十年かののちに生きる若者がいまのぼくたちにたいしてもいだくのだろうか?」

 時代時代で、その当時の卓抜したスキルの者は、それぞれにその当時の状況の中で、代え難い価値を紡ぎ上げていく。
 卓抜したスキルが生み出す作品は、異なる時代から敢えて読み解く価値はある。
 おのれが今、どんな時代に染められてしまっているかを相対的に知るためにも。

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山上たつひこ●喜劇新思想体系 完全版〈新装版〉

 ついでに、先月出たばかりの『喜劇新思想体系・新装版』もオススメ。
 これも時代の空気がほとばしってギラギラぬめぬめしまくりの逸品。
 中身は超ギャグ「キャンパス・クロッキー」の元祖四畳半版、・・・といってもすでに「キャンパス・クロッキー」が知られていないか。

山上たつひこ●喜劇新思想体系 完全版 新装版 山上たつひこ●喜劇新思想体系 完全版 新装版

 特に下巻のノリが素晴らしくてオススメ、というか、まず「下巻から読んで〜!上巻読まなくてもいいから下巻〜〜〜!!」

山上たつひこ●喜劇新思想体系 山上たつひこ●光る風 完全版

 左は長年我が家にある旧版。
 新装版のほうは分厚すぎて立派すぎて淫猥雑爆豊満ゲロゲロな中身を偽りすぎーーー!

 三冊並べると、なんだこれ漫画じゃないフリしすぎ。辞書か!www


 山上たつひこの醍醐味がわかる方は、ぜひこの辞書っぽい三冊をお揃えなさってみて下さい。
 『光る風 完全版』が「絶版」する前に、ぜひ。

◆光る風◆喜劇新思想体系 完全版〈新装版〉 上◆喜劇新思想体系 完全版〈新装版〉 下

 山上たつひこマニアックス の管理人さんは健在なんだろうか。ちょっと心配。

メタル

■当日夜に追記:

くだんの編集氏ご本人、はてなダイアリーをお持ちでした。
リンク 2008/07 『光る風』完全版について
リンク 2009/06 『喜劇新思想大系 完全版』の新装版が

メタル

 リンク 科学に佇む読書メーター

[カテゴリ フィクション禍] : 2009年07月02日 
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