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オタクと浮世の共通点:大江戸視覚革命

カテゴリー[ 書籍メモ楽屋用 ] 2008/11/16

表ブログで書いた●● 『テロの経済学:自由あってこその自爆テロですか?』 の補稿をここに置きます。

◆左表紙

 『大江戸視覚革命 十八世紀日本の西洋科学と民衆文化』
 タイモン・スクリーチ (著)
 作品社 (1998/02)


p.51-52
 徳川国家はなかなか現実的で、わずかくらいなら息抜きを与えた方が、市民をもっと厳しく取り締まることができると考えていた。幕府は思想の外縁部でなら正統が壊されることに目をつむった。 [〜中略〜] 生活からの逃避、生活の再演というところを超えて、江戸の遊びは、生経験の完全な書き直し(rescripting)だったのである。政府の命令によって定式化されることのないさまざまな観念と方法が、周辺部を天体のようにめぐっていたが、言わば自分自身だけを重心としてめぐる星たちであった。それらは大変革するでもなく、すべてを受けいれるでもなく、異議申し立てと補償/ガスぬき/を区別する線の上に斜めにまたがるのであり、中心に入りこむ力もないが、中心から遠く離れているとも言えないものなのであった。
 こうした半世界[浮いた世界。花柳界のことにも]の古典が「浮世」だった。ここをこそ拠点に、今日我々が最も十八世紀だとみなすものの大半、つまり滑稽本から有名な浮世絵までがうみだされたというのは、皮肉な話である。しかし「浮世」はその時代にはいかなる正統性もなく、他者性(alterity)の宿る心的な場であった。 [〜中略〜]  実際には「浮世」というのは、生活の日常的な拘束がはずれ消えてしまう場所だった。 [〜中略〜] セックスなどよりも禁断の果実だったものは、異たる社会階級の人が、互いにともにいることを楽しめる相手を見出して自由に会話し、着物の型や質の粋を競い合うことや、奢侈/しゃし/禁止令を嘲笑うかのように散財することのできる機会だった。「浮世」は、束の間、さまざまな別世界/オルタナティヴ/を生きることが可能な場所だった。


 無害で有能な消費者としての、オタク層。もしくはオタク行動。

... 以下つづき...

...
2008/11 【日本語記事】矢野経済研究所
  「オタク市場」に関する調査結果 2008
 「オタクカルチャー」のメジャー化、定着化進む
 特に電子コミック、同人誌、フィギュア、コスプレ衣装、鉄道模型市場が拡大
◆ 2007年度の電子コミックの市場規模は、前年度比147.5%と大幅増の250億円に
◆ 2007年度の同人誌の市場規模は、前年度比13.5%増の553億円に
 (同人誌即売会、同人誌取扱店、ダウンロード販売で扱っているもの)
◆ 2007年度のフィギュアの市場規模は、前年度比8.3%増の260億円に
◆ 2007年度のコスプレ衣装の市場規模は、前年度比6.8%増の360億円に
◆ 2007年度の鉄道模型の市場規模は、前年度比5.6%増の152億円に


UUUUUUU

この箇所へのリンク【「札幌おもてなし隊」の悲惨】


 で、この路線から、もひとつ連想するのはこちら。
 日本は、大学生が、政治的に幼児レベルだと。
●本 『現代思想 vol.36−12 特集「大学の困難」』 青土社 (2008/8/27)
  ┗ 札幌の学生はバカだ! 白石嘉治『「札幌おもてなし隊」の悲惨』

白石嘉治『院生サンディカリズムのために』●本 『現代思想「大学の困難」』

「札幌おもてなし隊」の悲惨

 七月五日の午後、札幌の大通公園には、数千人のひとびとが洞爺湖サミットに抗議するデモ「一万人のピース・ウォーク」に集まっていた。こうした抗議行動は、とりわけ90年代以後、もはや常識の範疇に属す。 [〜中略〜] 
 にもかかわらず、その日の大通公園では、デモの集合場所のかたわらで「札幌おもてなし隊」なる団体の奇妙な行動が繰り広げられていた。「札幌おもてなし隊」とは、行政がサミットの期間に訪れる外国人を歓迎する目的で組織した46名からなる大学生のグループである。「笑顔」「元気」「アイコンタクト」「積極性」を「心得」つつ、「学生らしいおもてなし策」として三つの「プロジェクト」を展開したという。大通公園での行動もそのひとつであり、それは痛々しさすら感じられるものだった。和服や忍者もどきの姿で、凧あげや竹馬を披露する。だが、外国人たちはデモをめざして素通りしていく。「札幌おもてなし隊」は仕方なく子どもに竹とんぼを教え、トウモロコシの張りぼてをかぶり所在なくうろつくだけだった。
 「札幌おもてなし隊」の悲惨は重層的である。矢部史郎氏の「いまの大学生は幼稚園児だ」という発言が想い起こされる。反CPEの闘い以後も、フランスの「ジュネス」はサルコジの教育政策に対抗して断続的に大学を封鎖し、韓国では李明博の同様にネオリベラルな「実利(実用)主義」への反発から連日のように大規模な街頭行動が繰り広げられていた。「ピース・ウォーク」も同じ賭金を共有していたのだろうが、そのかたわらで「札幌おもてなし隊」は、富士山の絵を殴り書きした団扇を手に握り締めている。今日の若者たち −− ときに「政治的世代」とも形容される −− が先導する世界の動きから取り残されていたといってよい。

 いやもう、なんも言えん、絶句です。

以上、●● 『テロの経済学:自由あってこその自爆テロですか?』の補稿でした。





メタル


[カテゴリ 書籍メモ楽屋用] : 2008年11月16日 
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