日本人はなぜ狐を信仰してキツネにだまされなくなったのか
カテゴリー[ 書籍メモ楽屋用 ] 2008/07/16
日本のキツネ信仰についての2冊。

講談社現代新書
『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』
内山 節 (著) 講談社 (2007/11)
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んー、なんかベストセラーで評判良かったらしいんだけど、これもうちょっと検証のしようがあったんじゃなかろうか。
論の展開は、本人の思いを言いたいがためにまずありきで論を集めたような、世間話レベル。
前半は結果的に、昔からあるノスタルジー集大成みたいなノリ。
知性や循環だの、既存のゆるい通念におもねる展開で、詰めた話にはなっていない。
で、けっきょく確たる答はない、茫洋とした、それこそキツネにつままれたような「印象」論。
なにより、具体的な化かされ例の減少を提示できていないのがなんだか・・・。
p.52、「かつての日本の人々は、人間が生きていく過程を自己の霊が穢れていく過程としてとらえていた」あたりの論展開は
『文化人類学で読む日本の民俗社会』 有斐閣選書 伊藤 亜人著 有斐閣 (2007/12)
と読み合わせてみるとどうなのか、気になる。

講談社現代新書
『日本人はなぜ狐を信仰するのか』
松村潔(著) 講談社 (2006/02)
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上が、ゆるい夢描きの社会学の流儀だとすれば、こちらはおもちゃ箱的博物屋さん。
自然界との交信を仲介するキツネ。異界との接点。
そこを軸に、論理をどうこうするより、多様な情報がコラージュのように開陳される。
多面的な項目間の隙間を埋めることに腐心して、絵の具の中でアクションペインティングしているみたいな。あまり答や理論は期待しないでいい。思考のヒントを拾う目的でばらっと見るにはいい。
で。
各時代のエスノグラフィ、実際の語りの変遷を見たいんですが、どこかにございませんでしょうか。
どういう状況におかれると、信仰はどう現れるのか。どのような機能を現すのか。
そういう点で、なぜかこの日本のおキツネ信仰2冊よりは、 『ハーバード大のアブダクション(宇宙人誘拐)研究』
のほうが、キツネ信仰の盛衰を考える上での参考に端的に良かったりしたという皮肉なお話でした。
[カテゴリ 書籍メモ楽屋用] : 2008年07月16日
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