ダーウィン前夜の進化論争で世間は?
カテゴリー[ 書籍メモ楽屋用 ] 2008/07/05

『ダーウィン前夜の進化論争』
松永 俊男 (著)
名古屋大学出版会 (2005/12)
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●進化論は、ダーウィン以前に、匿名のジャーナリストによって世に知らしめられていた。
●一八四四年に匿名の進化論書『創造の自然史の痕跡』が刊行された。内容は「宇宙、生物、社会のすべてが「発達の法則」のもとにある」と述べたものであり、イギリスの読書界に大きな衝撃をもたらした。
●世間は『創造の自然史の痕跡』に記された進化論に色めき立った。十数年後に出されるダーウィンの『種の起源』のインパクトは『創造の自然史の痕跡』よりずっと小さいものだった。
●1870年代以前は、進化には「エヴォリューション」(evolution)ではなく「転成」(transmutation:錬金術用語)という語が当てられていた。
労作であり、この方面に興味がある者には必読書だろう。
自分的には、一部あまし厳密ではないという印象を発する部分に翻弄されて読後感がいまいちだった。
よく見てはいるが、研究をこなしているが、その成果は、日本的大局おおざっぱ観?
p.12-13の論、変。
... 以下つづき...
p.12
一般の読者も、その点にはあまりこだわらなかったろう。科学的知見についての議論は適当に流して、進歩の哲学を読んでいったはずである。われわれの通常の読書と同じことだろう。進歩観については『痕跡』は首尾一貫しており、明快だった。科学的にはずさんでも、『痕跡』が人気を得たのは納得できることだった。
p.13
この第五版はきわめて読みにくい形になっている。ところがこの形の『足跡』が、『種の起源』に対抗する反進化論書として刊行が続くのである。『足跡』の読者たちは、どのようにこれを読んだのだろうか。このように読みにくい書物をきちんと読んだとは、とうてい思えない。もともと進化論を嫌悪する人々が、高名な地質学者ミラーの著作でその立場を確認したということだろう。せいぜい、読みやすい所だけを拾い読みするだけだったろう。
一般に読者は、分かるところだけを読んで自分の信念を固めようとする。現在の進化論をめぐる状況も同じだといえよう。
・・・このはんぱな諦観は何だろう。
安易に現代と引きつけすぎてないか。
詰めていな〜い感じ。
社会状況、社会リアクションが、実は抜けている?
論拠が文壇の上澄みだけ みたいな印象になってしまっているのはなぜ。
市井のリアクションはこれだ、とする論拠が、文献でも風評でもなく、「発行部数」だけだからか。
社会は。 出版社の業績数字以外の、世間の空気は。
社会はどうだったのか。
異国の、あずかり知らぬ過去の時代を考察するには、限界に対する諦観と、資料からシーンをひねり出す胆力が要る。世界各国の人間が描出に挑んでいるあの時代を日本で敢えて描出するからには、この本は一つの答として正解なのだろうか。
当該書を読んだ当時、近しい時代の「世間の」科学受容状況をきちんと記した海外発の書籍と読み合わせていたので、
社会を記しているようでありながら、実は潜望鏡で一方向しか見ていないような、当該書の社会例示の欠落さかげんに、違和感を強く感じたのだった。
[カテゴリ 書籍メモ楽屋用] : 2008年07月05日
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