おのれを疑う者よ、来たれ

カテゴリー[ わたくしごと ] 2008/02/16

 一人、最近巣くい気味だった客人が、なにやらGMの文脈で
  「私自身はGMに抵抗がない」
旨の一文をお記しなさった。

...
 これまでの記しようでは視野の踏み抜きには遠そうな、ただの耽溺者の一人に見えたのに、かようなことをおっしゃられるとはこはいかに、と、踏み抜かぬままそのようなことを記せるとは、どういう理屈で「自分自身に遺伝子操作が施されることに抵抗がないのか」と確認したく、軽く打診をした。

 返ってきた答は、なんのことはない、勝手な先読みで持論と立場を大仰に紹介なされるだけの内容で、要はただ
  「私はGMに抵抗がない」
と記せばいいものを
  「私自身はGMに抵抗がない」
とお記しになった、それを、「私自身」という文言に、雨崎が妙な色味を勝手に見てしまっただけの話だった。なんの脈もない、遠い、しかも「自己変容については想像もつかない」とトドメの吐露までされるときた。
 ごめんよ。
 こっちの勝手な期待だった。勝手に期待はずれしただけだ。ごめんよ。

 カルチャーショックを経験したことがある者は、近しいだろうか。

 狂気を経た者は、近しいだろうか。

 すべてを失ったことがある者は、近しいだろうか。

 おのれを疑う者と、近しくありたい。
 おのれを疑う者とだけ、同窓会をしたい。

※  踏み抜く   自明性の剥奪   ソーシャル・デザイン

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