「〜〜にとって」という立ち位置の切り離し
カテゴリー[ わたくしごと ] 2008/01/02
■「**をすることは正しいと思うので」と、価値観の没頭性を表明する人
■「人生に大事な事」などと生存行為に幻想をいだいてはばからない人
■おのれの存在に疑念さえなく、物事のからくりや商売にのみ興味を示す人
たった一言の書き込みからでも、これらの「書き手が耽溺している視点」は丸見えになる。
たった一言の書き込みからでも、「誰を相手にしているんだ」と幻滅はできる。
相手の立場をさっぱり読みとっていないのに、「この範囲の応対をしてもらえて当然である」という勝手なみなしでアプローチしてくる連中に、気配りをするほどの余力はもう残ってはいない。
空しい。
仏法に通じている人は、進化心理学をどうみなすのか。
「〜〜にとって」という立ち位置の切り離しが常時できている人はどのくらい存在_しうる_のか。
「〜したいと思うのであれば」という語りが示す立ち位置は、察知されないのか。
2005年 時代の不幸、時代のくびき
[カテゴリ わたくしごと] : 2008年01月02日
comment(0)
![[ Dorm B ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)



















