岡田弘:現場と人命を左右する言葉、防災の決断

カテゴリー[ 科学メモ資料用 ] 2007/10/17

●〜北海道 岡ちゃん火山先生マイブームのまま突っ走り中。
 北大名誉教授・岡田弘氏のハンパないすごさがさらに。
◆2000年有珠山噴火
 『2000年有珠山噴火』 北海道新聞社 (編集) 北海道新聞社 (2002/07) [ Amazon ] [bk1]
 火山学者達の知見、地元新聞社による災害の経過と対策の経緯ドキュメンタリー、そして豊富なカラー写真とで構成されている、かなりの読みごたえのある一冊。というか、¥1680でこのカラーページのボリュームと保存版クラスの中身の濃さは、すごいコストパフォーマンス優良な一品ではないか。

 冒頭、各火山学者からの噴火状況・経緯についての見解が並ぶ中、意表を突かれたのが岡ちゃん先生の執筆部分。

... 以下つづき...

...
たいへん平易な文体で、浮いている。
 「有珠山噴火による被災」岡田弘 北大大学院教授(当時)
『2000年有珠山噴火』p.65
 国道230号が階段状に変動してしまったのはすごい。こういうのは世界中のどこにもないので、こういうのを見にこれからお客さんがたくさん来て滞在してくれれば、地元の復興の役にたつと思う。

  リンク 階段状にずたずたになった国道の写真
 ほかの執筆者に比べて、岡ちゃん先生の担当部分は格段にわかりやすいんですよ。arama口語体というか、率直、ストレート。

 へええ、先生はこういう親しい文章をお書きなさるのか。
 と思いきや。
 この同じ本の末尾に収録されている岡ちゃん先生による「2000年噴火への対応」「有珠山とどう向き合うか」の二文では、全く趣が違う。断固たる説得力を万力で凝縮したような、たいへん力強い実務的な語りが繰り広げられる。git
 「2000年噴火への対応」岡田弘
『2000年有珠山噴火』p.260
 災害情報の問題に少し触れる。災害情報については、北海道でもいろいろな取り組みをやっているが、例えば勝井義雄先生が在職されていた最後の年に札幌学院大学でこういうシンポジウムがあった。社会心理学者からの提言。「危険が迫っているとき、それが住民にとって理解できるような現象で進んでいるときには警報はかなり有効である」。これは多分今回の例に非常に近いわけだ。見えるということに狭く限定する必要はないので、体で感ずる。つまり地震とか、においとか、いろいろな現象がある。しかし、非可視的な災害のときには住民は普通なかなか動かないものであるということが社会心理学者の提言であって、我々はこういうことを知っていた。したがって、住民を動かすことができる情報。ある程度の緊張感、不安感を刺激する情報。つまり、必要なことをきちんと伝えられる文章あるいは言葉を選ばなければいけないということになる。

 この「必要なことをきちんと伝えられる文章あるいは言葉を選ぶ」岡ちゃん先生のそのこだわりと決断手腕は、関係書籍や講演内容をよく見ていくと随所に現れている。ていうか、経験値がものすごいよ、はんぱない。
 岡田弘先生、言葉の駆使の経験値が高すぎ。

■輪樹撮影:わかさいもの工場?

 同書の北海道新聞社によるドキュメンタリー部分より。
 「第2章 ドキュメント有珠山噴火」p.181-182
 岡田弘、宇井忠英両北大大学院教授ら地元研究者は、住民や地元市町に安易に火山活動の危険性が低下したとの印象を与えたくないという気持ちが強かった。両教授とも前回の一九七七年の噴火から有珠山の観測にかかわり、地元住民の求めに応じて、勉強会や講演会に講師として招かれ、常日頃から、噴火の恐ろしさと、万が一に備える防災の重要性を啓もうしていたからだ。
 岡田教授の火山防災への考え方を端的に表す言葉がある。「興味本位に火口に近づいたり、まだ危険性があるうちに避難を解除して住民がけがをしたり亡くなったら、これは天災とは言えない。人災なんです」。また「火山災害を減らすには、住民の自覚と行動が必要だ。そのためには研究者と行政、マスコミの連携が不可欠」という持論がある。

 必要十分に状況を理解してもらえる言葉を、危険度を正確に判断してもらえる表現をせねばならない。そして的確に伝わるルートを選別・確保して、伝える。
 災害になったのは言うことを聞いてくれなかったからだ、ではダメなのだ。
 誤解される発言をしたら、不適切な行動を許す表現をしたら、伝わらない発信をしたら、人を殺すことになる。
 命をかけた、発言。

■輪樹撮影:西山火口

 ふだんから岡ちゃん先生は地元の火山防災教育に関わっていらっしゃるわけで、衆生への語り、お子さんからお年寄りまで含めて、どう語ればしろうとさんにもわかってもらえるか、何を伝えるのが適切なのか、たいへん高い経験値を積んでいなさる。
 「第2章 ドキュメント有珠山噴火」p.182
 岡田教授のこうした発言の背景には、前回の一九七七年の噴火が始まって約一年三カ月後、火山活動が沈静化した矢先の七八年十月下旬に、局地豪雨による泥流で、小学二年生の男児を含む死者二人、行方不明者一人を出した惨事がある。

 伝え間違えれば、判断をしくじれば、あのおじいさんが、あの子が死んでしまう。
 「第2章 ドキュメント有珠山噴火」p.86
 観測所へ車を急がせながら、岡田の頭脳はめまぐるしく回転した。
  −− 万一に備え、関係機関、住民らに警戒心を持ってもらわなければいけない。
  −− しかし、あまり早くから警戒心を喚起すると、危機感を持続できない。
 「細心の注意を払わなければ」。心の中で自分に言い聞かせた。
 岡田は札幌管区気象台と連絡を取った。岡田は、1:気象台が出す火山観測情報の中には「注意」「警戒」の言葉を入れないこと 2:臨時火山情報を事前に用意し日付と特記事項を記入すればすぐ出せる状態にしておくこと −− を要望した。火山観測情報を出すことで行政の防災担当者なら、その持つ重要な意味が分かるはずだし、一般住民の不安をあおることはない −− というのが、岡田の考えだった。


 どの段階から「警戒」の言葉を使いはじめるか。油断をさせない適度な警戒喚起はどう表現すれば惹起できるのか。
 「2000年噴火への対応」岡田弘
p258-259
 官邸連絡室が気象庁からの連絡を受けて立ち上がる。その一時間後に緊急火山情報が発表される。この中身は、「今後数日以内に噴火が発生する可能性が高くなっており、火山活動に対する警戒を強める必要がある」。「警戒」を「強める」という二重構造で、かなり強い言葉になっている。これよりも強い言葉というのは「厳重な警戒が必要である」という言葉以外に今までの情報では使われていないので、それにかなり近い言葉で表現されていたということがわかる。

 ある程度の含みを持たせた慎重かつ正確な表現も、メディア伝達上では「一両日中」と単純化され断言されてしまう p.257。そのような必然的に生じる変形を被ってもなお、有効性を保つ言葉の発し方を体得しておくには。こういう話になると、どうも行動遺伝学方面で観察される不用意言動類が頭をよぎってねぇ。

 ふだんから岡ちゃん先生は行政の方とも連絡を取っていなさるわけで、
 「第2章 ドキュメント有珠山噴火」p.101
長崎町長は、その年の一月 [ 有珠山噴火の数ヶ月前 ]、岡田教授と懇談したときのことを思い出した。町長は有珠登山を観光の目玉にしようと、「有珠山の登山をそろそろ開放したいのだが」と切り出した。
 岡田教授は「有珠山を防災や火山学習の場にしよう」と応じた。

どう伝えればどこに連絡をすれば意図どおりの伝達がなされるか、平時から推敲と検証を重ねている。
 「第2章 ドキュメント有珠山噴火」p.255
 最初の情報は零時五十分、火山観測情報第一号で出した。これは最も警戒度の低い公的情報である。早目にレベルを上げ過ぎずに、次の手を確保しておく。次の手というのは何を考えていたかというと、当然ながら有感地震であるし、地殻変動が認められるかどうか、あるいは小噴火が始まるかどうか、そういうようなことになる。
 次の手については二つを準備した。それは臨時火山情報を準備しておいてくれ、今は出さなくてもいいけれども、急変してすぐ出す必要が起こるかも知れないということである。それから道庁へ防災助言ということになる。その結果、最初に出てきた火山観測情報第一号という深夜の情報にはこういう文面しかない。「今後火山活動に変化があった場合は火山情報で随時お知らせします」。すなわち「注意」、「警戒」という文言が入ってこない。こういう情報を深夜に出したのは、つまり、これで防災対策者には十分通じるという判断があった。

p.89
 火山観測情報が行政やマスコミなど関係機関のファクスに流れ始めた零時五十分、岡田教授らは、道防災消防課にも電話している。岡田教授は、情報伝達の正式ルートとして二つを考えていた。一つは火山情報を出す気象台ルート。もう一つは、災害対策を担う道庁防災消防課だ。

 現場で培った、高い「伝達力」経験値。
 ご本人の資質も大きいのだろうが、何より実地の積み重ねが卓越している。

 これだけやれる火山屋さんは、人材は、育っているだろうか。
 「第2章 ドキュメント有珠山噴火」p.133
 世界が最も注視し驚嘆の声をあげたのは、噴火予知が的中し一人の犠牲者を出すこともなく一万六千人もの人々の避難が行われたことだった。
 今回の噴火では、気象庁は噴火前の三月二十九日の段階で人命の危険を警告する「緊急火山情報」を出し、異例の注意を呼びかけた。噴火前に緊急火山情報を出したのは、史上初めてだ。さらに、同じ日、岡田教授らは「一両日中にも噴火する」と踏み込んで発言し、切迫した状況をメディアの前で明らかにした。
 雲仙・普賢岳で避難活動にかかわった太田一也・九州大名誉教授(火山学)は「犠牲者がなかったのは、ほぼ百パーセント、噴火の予測が当たったからだ。噴火予知や防災面で最高のスタッフが結集していた。行政と専門家の連携も密で、雲仙の悲劇を繰り返さなかった」と評価する。ある研究者は「これだけ予知できたのは、世界的に見ても例がない」と言い切る。

p.134
 こうした条件に加え、岡田教授は「平常時のもっと長い地味な取り組みが大事」と指摘する。その一つの例が、ハザードマップ(火山防災地図)だ。伊達、虻田、壮瞥など有珠山の周辺市町村は噴火の五年前の一九九五年九月に、マップを作成、全戸配布した。ハザードマップは、火山噴火による被災を予想し、万一の場合に事前に避難する必要な地域を警告している。岡田教授は「ハザードマップがなければ、われわれは噴火が起こってから逃げるという行動をとったのではないか」と予想する。もし、事前に避難していなかったら…。最初の噴火は洞爺湖温泉街と虻田町本町を結ぶ国道230号近くで起きていることから、一斉に避難を始め渋滞する車の波に大量の噴石が降り注いでいた可能性が高い。岡田教授は「数十人から百人を超える死者が出たと考えられる」と戦りつすべき試算を明かす。

 犠牲者がゼロなのはあたりまえのことではない。犠牲者を出さないのがアタリマエだとしても、その裏には才気溢れる人々の尋常ではない活躍があり。
 → 『 地獄の沙汰も三日で解決、71才の底力 』 有珠山噴火現地対策本部長奮闘記
 有珠山の噴火はいつものことのアタリマエの噴火ではない。「こういうのは世界中のどこにもないので、こういうのを見にこれからお客さんがたくさん来て滞在してくれれば、地元の復興の役にたつと思う」(p.65 岡田弘)

●右画
 でもって、岡ちゃん先生は各地各場面で、のちのちの講話に使えそうなエピソードをめざとく拾ってはどんどん蓄積していっているんですよね(p.135とか)。それらエピソードをパワーポイントにふんだんに常備して、依頼される講演と聴衆に合わせてパパッと組み上げセッティング。まだまだ話したりない、いくらでも語ってもらえる、そんな。


 そしてこの話は、ジオパークの構想にもつながり、
 → 『岡ちゃん火山先生の講演会とジオパーク構想』

 「科学の品格」の話にもなり、(これだけの伝達センスの人を捕まえて脱線せよとは何事か。かててくわえてショー化していなければつまらなくても仕方ないと読めるリアクションまでされるとは)
 → 『科学の演芸化、科学の品格』

 以上、引用部分大杉なので、すまん、このエントリは楽屋ブログに置きます。楽屋なりにゆるい記述です。

◆2000年有珠山噴火
 『2000年有珠山噴火』
 北海道新聞社 (編集)
 北海道新聞社 (2002/07)

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 → 2007/10 『岡田弘氏の語りと有珠山ジオパーク構想のお話』
 → 2007/09 『 有珠山2000年 西山火山の噴火 』
 → 2007/10 『日本自然災害学会:岡田弘氏が語る防災の歴史』
 → 『 地獄の沙汰も三日で解決、71才の底力 』 有珠山噴火現地対策本部長奮闘記




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