中国由来の天皇タブー:日本王権神話と中国南方神話
カテゴリー[ 書籍メモ楽屋用 ] 2007/08/09

角川選書
『日本王権神話と中国南方神話』
諏訪春雄著
角川書店 (2005/07)
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比較神話学。神様ファンタジーではなく、古来の世界観の比較。
内容は、たいへん乙に、いろいろと「へえ」な本。
この分野に関しては、論評できるほどの知識の蓄えはないので、こちら楽屋にてメモ書き。
●日本では、中国の神話の研究はほったらかしだった。
なんでかというと、中国の神話をうがつと、天皇さんにつながってしまうから、それはやばいでしょと柳田国男御大さんがたが「研究したらあかん」とこれタブーになさった。
●魂魄(こんぱく)の二魂観(にこんかん)や、「鬼」概念が、日中それぞれで通じる部分も異なる部分もある面白さ。
■
『 三つの「魂:こん」と七つの「魄:はく」』
『 鬼の復権 憑霊の夢幻能』
『 特殊な出自と特殊な役割』
●一番面白かったのは、古事記・日本書紀のアメワカヒコの葬儀と「尸(し/しかばね/ものまさ)」のくだりについての解題。
アメワカヒコの葬儀で、アメワカヒコの妻の兄が、「アメワカヒコと間違われた」ことに怒って喪屋をぶちこわしたという話なのだが、
・なぜ死者と間違われるのか
・なぜそれで立腹するのか
この日本の神話の話が、中国南部の習俗と照らし合わせるとスッキリ読み解けるのだと指摘されている。
... 以下つづき...
アメワカヒコの葬儀には、「尸(し/しかばね/ものまさ)」が登場する。「尸」とは、屍(しかばね)の原型たる文字であり、中国の習俗に倣って読み解けば、葬儀に於いて
死霊の代理となって葬儀で弔意をうける者
が、「尸(ものまさ)」であったということになる。つまり、死霊のよりしろ(!!)。
p.171-172
このような奇妙な葬儀習俗の源流は中国にあります。中国古代では葬儀にかぎらず祭祀/さいし/一般で、まつられる神の象徴として尸が立てられ尸を立てない祭りは正祭とはみなされませんでした。尸は祭りで神霊にふさわしい衣装を身にまとい、人々の拝礼をうけ、ささげられた酒や食物を飲食し、神霊の動作を模倣しました。祭りを主宰する祭司とのあいだに問答が交わされることさえありました。
この、「立尸の習俗」があってこそ、葬式において生者が死者と間違われてしまうというアクシデントが納得できるのであり、なおかつ「尸」と間違われて立腹するという展開も無理ないものとなってくるわけだ。
(今の時代、死者と間違われて「おびえ」や「困惑」はしても、激怒はせんもんな)
●で、日本の神話は、中国南部の民族から伝わった(もしくは大きな影響を受けている)ものだとみなしうる。
そのあたりは先だって記した
●「中国のシャーマニズムの分布は、南部は憑霊型、北部は脱魂型 p.173」であるがゆえに、死霊の憑依をメインに据えるこの「立尸の習俗」は、中国南部由来であろうと推察されている。
●商(しょう:中国古代王朝の名前)から脈々と伝わる追儺(ついな:今で言う鬼は外)や方相氏(ほうそうし)についての考察も記されている。
猿田彦(さるたひこ)が方相氏にルーツを持つものであろうことも言及あり。(猿田彦が「縄文の神」だという指摘は梅原猛などかねてより)
●そして、天皇。
「日本の天皇制は中空構造のゆえに永続することができた」とする。
皇居という巨大でうつろな祝祭空間、空洞信仰、空洞の聖性があってこそ、成り立つ天皇の「力」。
空洞の聖性は認められてはおれども、その空洞信仰のルーツの確認はなおざりにされてきた、それはまさに天皇の力に直結するがゆえに、確認をなすことはタブーであった。
だが、もはやそのような学問上のタブーはない時代であり、この学問上の空白は埋められてしかるべきだと、著者は後学を叱咤する。今、こうしてあらためて日中の比較神話学を展開させる意義があるのだと。
おもしろいです〜〜〜。
[カテゴリ 書籍メモ楽屋用] : 2007年08月09日
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