効率、幸福、コントロール幻想
カテゴリー[ 書籍メモ楽屋用 ] 2007/06/23
以下は 『幸せはいつも妄想のちょっと隣の心理学』 というエントリの、傍系余談部分。

アメリカは、リスク管理と効率を第一にとり、それに応ずるよう衆生の心を操作する(
マイケル・ガフ『アメリカの政治と科学 ゆがめられる「真実」』)。
多少人間が死んでもさぁ、それと引き換え以上に有り余るメリットが得られるので、過度の規制はいたしません。
狂牛病しかり、銃の流通しかり、自動車事故しかり、遺伝子組み換え食品しかり
効率やメリットの大きさを無視して感情に走る旧弊な人心は、効率重視のリスク管理から見ればただの無知蒙昧。当然、幸福度も二の次扱い。
結果、アメリカ国民はあふれかえるモノにひいひい物欲を沸き返らせながらも、国民の幸福度は低め。いや、幸福度が低下していってる。そんな図?
『世界の幸せ比べ:幸福度の各国間比較』
ジョン・デ・グラーフ著 『消費伝染病「アフルエンザ」 なぜそんなに「物」を買うのか』
『目からウロコの幸福学』
ダニエル・ネトル (著) オープンナレッジ (2007/03)
p.88
過去半世紀のあいだ、先進国のひとり当たりの所得は何倍にも増えたのに、幸福度はまったくといっていいほど変わっていません。たとえばアメリカでは、1970年から90年まで、平均所得は実質約300パーセントに増えました。ところがそれにともなう平均満足度の向上は見られない
実際のリスクはどうあれ、「国民がおびえるものは、危険度が低くても、現実の幸福度に影響するので放置できない」という路線を採っているのはスウェーデン。
アメリカにしてみれば、スウェーデンのやり方は言語道断に非効率的きわまりない。裕福な国ならそんな茶番もやっていられるだろうが、貧しい国が下手にそれを真似したら破滅するに決まっている!効率に従え!そう脅かしに来る。
マイケル・ガフ『アメリカの政治と科学 ゆがめられる「真実」』
p.39
スウェーデンは事前警戒原則の強力な推進者である。スウェーデン政府によるリスク情報の調査は、リスクを示唆する研究を重視し、その他の結果に対する配慮はだいたい無視し、除外し、そしてメリットについての考慮を排除している。スウェーデンは、EUでは使用が承認されている化学物質の使用に規制を課し(したがってそれらの輸入を規制しようとして)、同国をEUの自由貿易の原則との論争に巻き込んだ。
スウェーデンの路線については:
デヴィッド・スズキ、ホリー・ドレッセル『グッド・ニュース 持続可能な社会はもう始まっている』 ナチュラルスピリット (2006/10) p.38
スウェーデン 化学物質管理機関:有害化学物質管理で世界一早い対応をとっている。 「安全」だけれど「おびえる」生活がいいか。
「安心」だけれど「危ない」生活がいいか。
違いは…?
... 以下つづき...
...
お風呂での死亡率、飲酒で健康を害して死ぬ率、環境汚染で死ぬ率、自動車事故で死ぬ率、サメに食われて死ぬ率。
どれの対策を最優先すべきか。
一番経済に影響を与えるものから対策をするべきか、死亡率が高いものからか、発生数が多いものからか、人が恐がるものからか。
でいうか、どれが一番恐ろしい?
・がんばれば、名門私立高校に入れる
・おまえの家柄では、名門私立高校に入るしかない
どっちがいい?
・女の子が欲しかったので、女の子が産まれて嬉しい
・女の子が欲しかったので、女子の胚を選んで産んだ
どっちが幸福?

【コントロール幻想】
タバコを吸っていると、**な病気になるし、寿命も縮まりますよ。
あなたは遺伝病です。40代後半に不治の重病になりますよ。
どちらが怖いか。
夜更かしをしている子どもは、頭が悪くなりますよ。
この遺伝子型の子どもは、頭が悪くなりますよ。
どっちがイヤか。
ダニエル・ギルバート『幸せはいつもちょっと先にある 期待と妄想の心理学』
p.41
人間はコントロールヘの情熱を持ってこの世に生まれ、持ったままこの世から去っていく。生まれてから去るまでのあいだにコントロールする能力を失うと、みじめな気分になり、途方にくれ、絶望し、陰うつになることがわかっている。死んでしまうことさえある。
ヒトは、他者操作・外界操作のスキルが卓越している。他者操作・外界操作に中毒するように、内的に仕向けられている。他者操作・外界操作できなければ、血筋が途絶えやすいような、熾烈な操作圧が輻輳する環境で今までやってきてしまったからだろう。
実効率はどうあれ、科学的にはどうあれ、「無力感」(進化由来の性向が「苦」に陥った状態)は確実にヒトを不幸にする。
参照:
なぜ、人は遺伝情報で人生を予測されることにそんなに拒否感を抱くのだろうか、そういう安藤寿康さんの問いに対する表層的な答はこれだろう。自分ではコントロールできない運命のしばりがのしかかる。そういう恐怖、もしくは「対処するすべのなさ」。
(表層ではない裏の答としては、社会設計上そこは衆生に披露しなくてもいい点ではないか、みたいな話にもなるわけで)
スウェーデンは、国力(科学や実効率)と人のコントロール欲(非科学や安寧)を両立させてバランスを取っている、ということなのかな。
そして、アメリカは「効率」第一で、人心が不幸に傾いたぶんは、宗教や卓越したマーケティング手法でごまかしごまかしやってきている、ゆえに実際「不幸なまんま」。ということだろうか。
だからこそ、人心の幸福度を二の次にしているからこそ、よけいに「自由意志」幻想に執着しまくる。ほかによりどころがないから。異文化(ex.東洋)みたいな一歩引けるような余裕はないから。「自由意志」が否定されたら、コントロール感を失って、閉塞必至だから。
ダニエル・ギルバート『幸せはいつもちょっと先にある 期待と妄想の心理学』
p.43
たぶん、コントロール幻想の一番奇妙な点は、幻想が生じることではなく、幻想するだけで真のコントロールがもつ心理学的な効用の多くが得られることだろう。この幻想がほとんど生じないと思われる人の中に、臨床的にうつの人たちがいる。うつ病の人たちは、自分のコントロールがおよぶ程度をほとんどの場面で正確に予測する傾向がある。こうしたさまざまな知見から、コントロールする感覚は、現実のものも幻想のものも精神衛生の源の一つだと結論づける研究者もいる。というわけで、「なぜ未来をコントロールしたいのか」という設問の意外な正答は、コントロールすることが心地よいから、以上。影響をおよぼすと満足する。影響力をふるうといい気分になる。
ブログを発信する。これもコントロール欲のなせる技。
世間になにがしかを発信したというコントロール幻想で慰撫される心。
たまには躁病になりたいよ。そして躁病のまま、隔離病棟に放り込まれ、そのまま永久に気を失う、そんな物語もありだろう。
他者と共同してつむいだ価値観物語が、ヒトの幸不幸を縛りまくる、という話は、たぶんのちほど、ネトル氏の本について記す際にひとしきり。
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